独立とは

さて、お久しぶりのHatenaBlog

我々はどこへ向かうのかという難しいような簡単なようなお話です。

 

単に、人が一人、個人事業主として生きていくかどうかという、どこの誰でも成っていく話ではあるのですが、じゃあ、深堀していくとなると、なぜ独立するのでしょうか?

 

答えを聞きたいのではないのであしからず。

文章も適当になりますが、今、考えているのは人がどの点で独立していこうと思えるのか、その行動する起点になるような部分です。私自身、もうそろそろとは考えています。まだ、この仕事を初めて10年は経っていませんが、遅くもないという感覚はなんとなくわかります。でも、動くべきじゃないのかな、他にもやることあるな、今はこれに集中しなきゃ、色々と抱えているとき、安定を求めてしまうのもあります。独立したくないというわけではありません。…いや、本当にそうでしょうか?と自分自身に投げかけても、はっきりとしません。もやもやとして歯切れが悪い状態です。

そういうときってありませんか?

わたしはずっとその状態です。

でも、それでいいとも思っています。

 

どんな見方をして仕事をしていくか、どの点を重要だと考えるか、自分がどうなりたいか、自分にとって一番になる部分がどれか、正直なところよくわかりません。楽しいと思えることに対して飛びつく、ということは最近経験があったので自分の中では重要な点であると言えるでしょう。というか、言えます。はっきり。となると、はっきり言えない部分が自分の弱いところ、自信がないところ、不安を無くしてからじゃないと動けないところ、なにかしらの成功体験が背中を押す。つつかれると弱い、何も言えない。とまあ、色々と出てきますが、私はこうやって色々書き出して、レイヤーを重ねて濃くなっていくところがコンプレックスなのかと気づき始めたり、それでも認めたくないプライドがあったりと、まだまだ人間らしいなと安心することもしばしば。

 

乱文になるほど、私はいろいろな所に引っ掛かってしまうので、まずはシンプルに考えられるように頑張っていきましょう

新年を迎えてはや数週間

 今年の目標を立てましょう

立てたとして、どれくらい続いていくのかわかりませんが、 自分に少し期待してみることにします。

 

「目の前のことをコツコツと」

 

日々、自分は目の前のことが次々に重なっていき、いろいろなことを一気にやろうとしてしまい、何も手がつかないということがよくよくありました。マルチタスクは苦手、ということに、友人の言葉から改めて理解することができたので、今年の目標は目の前のことをコツコツとやっていくということになりました。ことことうるさいですね。

 

数週間たつと、あれもやらなきゃ、これもやらなくては、なんでそんなこともやらないといけないんだ、なんてことがまた沢山。そして頭はまたぱんく寸前。なにかすこしずつでも、遮断する能力を付けていきたいなと思います。つけるにはどうしたらいいのでしょうか。もうどうなってもいいと考えながら、ばっさり知らないと壁を作ればいいのでしょうか。でもそうすると、何か大事なものまでも切ってしまいそうで恐ろしくなります。

 

考えすぎてしまうわ

いったい、何をしたい人間なんだろうか

そう考えたことはありますか?

 

 私は、そういうことばっかり頭に浮かぶことが多々あります。

 弱ってるとか、病んでるとか、ネガティブな気持ちになっているときというわけではありません。

 

 普段、何かに対して疑問に思うことがあるように、仕事中にう~ん。と考えてしまうんですね。それが自分に負荷になることもあれば、考えてもしょうがないと軽く流せたり、その時の気の持ちようでどうにでもなってしまうのです。

 

 自分が目指している、目標のような、挑戦の繰り返しのような日々を過ごしているのは、自分がなりたかったものなのでしょうか。

 他にもやりたいことがあったんじゃないのなかと、今でも目や耳に入ってくる情報から、興味をそそられて気持ちが揺れ動いたり、あれやりたい、これやりたいと隣の芝を羨ましがったりしています。

 

 それが上手にできなくても、別に構わないのですが、なんとなく、それなりにできるようになりたいなと漠然と思うことが多くて、大して続かないのです。三日坊主というのでしょうか。集中力が続かないんですよね。

 

 でも、仕事なら何でもできてしまうんです。この場合のできるというのは、自分にとって続けられるという意味になりますが。

 

 これは、自分がやるべきものとして、自分で自分の首を絞めて、括り付けておかなくてはその道に進むことができないんだなと、生きてきた中の途中でそう思うようになりました。

 

 後悔しているなんて感情はありません。多分、どこにいっても、仕事としてならなんとかなると思えます。仕事は自分にとって楽しい暇つぶしです。人生の大半を占める暇つぶし。そんなこと言って怒られてしまいそうですが、本当に遊びながらやっているわけでもありません。本気でやる仕事は、本気の遊びであり、本気の暇つぶしであると感じています。

 

 そういう風にして生きていくしかないのかなと、現段階では考えてしまっています。

 

 

 

 

 言葉にして、表現していくことは得意ではありません。自分の細かい設定資料集は、言葉で表すと矛盾してくるところが多数あります。ルールが大変なんです。みんなもそうかもしれません。

 だから、最近はとても分かりづらくなりました。自分がとても面倒くさい人間であることは重々承知なのですが、落ち着いて好きに、怖がらずに発言できる場所というのが、なくなってきたような気がします。自分で、無くしている気もしています。話し方でどう伝わるか、相手にゆだねるのが怖いのです。

 真面目に話してしまう癖はそういう部分も含まれているのかもしれないと思いました。でも、真面目な話は結構つまらないです。でも、真剣に伝えていかないと、摩擦が起きてしまうので、上手く話す癖をつけたいですね。

 

 独り言の多い自分は、こうやって書き出していくのがいいと聞いたことがあるので、適当に書き出してみました。誰かに伝えなくてもいいのですが、誰かに伝わるように書くことを勉強しないと、きっと独り言にしかならないですよね。

若い力を少し借りて

ご無沙汰しております。

 日記を書くほどのことがなく、音信不通状態でした。前に比べて、それぐらいには余裕ができるようになってきたと思っていただければと思います。

 といいましても、読者の方をつけているわけではありませんので、ただのひとりがたりになってしまいますね。

 

 鍛冶屋の仕事も、小慣れてきて、そんな小慣れてきた瞬間が危なくて、なにをするにも気を付けなければなりませんね。

 

 最近、学生さんが、鍛冶屋の写真を撮りに来ていて、周辺の文化、鍛冶仕事、色々な観点で写真撮影をされています。行動力があって良き。そんなことを思うようになりました。自分が大学生のころはあちこち転々と、弾丸旅行なんてしていたっけなと思い出します。こうやって、振り返らせてくれることが最近とても幸せで、嬉しいことだなと感謝しています。

 

 自分たちより、人生の先輩たちとのお話も、生活してきた世代が違うのでとても面白いのですが、世代下の方々も話を聞くと面白いですね。

 

 自分もなんだか、少し薪をくべられた気持ちになりました。

仕事

 

 自分は、鍛冶屋をしています。まだ独立もしていない修行の身。日々修行、成長しても、先の見えない道のりです。生きているだけで万々歳なんて、最近は良く考えています。目指すもの、目標地点はその都度更新しているつもりですが、自分でいろいろ考えているだけでは、煮詰まって偏ってこびりついて、焦げ付いた鍋のように洗ってやり直すことが難しくなります。しかし、こびりつくほど熱中しなくては、得られないものも多数。なので、やはり難しいです。自分はどこまで求めて、どこまで探っていかなくてはならないのでしょうか?

後ろ向きな話ではありません。前向きに前向きに、なんとか食い繋いでいかなくては